白い夏の墓標|黒田は生きているのか?

帚木蓬生『白い夏の墓標』の書影と、“今夜読みたいおすすめ小説特集”の文字が入ったアイキャッチ画像

静かに降る雪がすべてを覆い尽くすような、凛とした読後感。帚木蓬生さんの『白い夏の墓標』は、儚くも命の倫理を深く見つめる、

時代を超えて語り継がれる名作。そしてこの作品、実は1983年の文庫刊行から長きにわたり読まれ続け、2025年の今、再び売れゆきが上昇。

今日は、帚木蓬生『白い夏の墓標』(新潮文庫)レビューさせていただきます。

帚木蓬生『白い夏の墓標』(新潮文庫)作品概要

線画スタイルの2コマイラスト。左のコマでは女性が帚木蓬生の小説『白い夏の墓標』を静かに読んでおり、右のコマでは本の表紙がアップで描かれている。雪山と理化学器具が印象的なカバーが特徴的。
項目内容
タイトル白い夏の墓標
著者帚木蓬生
出版社 / レーベル新潮文庫
発売年1983年1月27日
ジャンルミステリー・サスペンス

今また売れている理由|書店員の想いが動かした

きっかけは、丸善お茶の水店の書店員さん。「以前から帚木さんのファン」だったその書店員さんは、コロナ禍で改めてこの作品に着目。

ウイルスの闇というテーマが、今の社会とどこかで重なり「これ面白いから読んで!」という純粋な熱意をPOPに乗せ店頭で展開。

その想いが読者の心に届き、売上が急伸。新潮社もすぐに反応し、「丸善お茶の水店推薦」に変更、増刷が重ねられる異例の展開となりました。

帯にはこんな言葉が刻まれています

「この本、本当に凄いぞ!!!」「名作といわれるものは絶対に色褪せることはありません!!!」

まさに、その言葉の通りの一冊でした。

心に残るのは「沈黙」と「正しさ」

この作品の登場人物たちは、誰もが自分なりの正しさを抱えています。

けれど、その正しさはときに誰かを傷つけ、守るべきものを見失っていく。沈黙の奥にある葛藤や、揺れる心の描写に、胸を突かれました。

40年前の先見性と、今なお響くテーマ

この作品が生まれたのは1983年。当時はまだ医療における告知や説明責任すら十分に根づいていなかった時代です。その中で帚木蓬生さんは、

命を扱うことの重さ、研究と倫理のはざまにある闇に、正面から切り込んでいた。今読んでもまったく古びないどころか、むしろ心に刺さる。

それこそが、この作品が「名作」と呼ばれる理由なのだと感じました。ただ、個人的には、この物語の本当の主人公は佐伯ではなく、黒田だと思います。

彼の生き方や沈黙の裏にある想いをたどっていくと、作者が本当に伝えたかったことが見えてくる。そんなふうに、視点を少し変えて読み直してみると、また新しい深みを感じられる物語です。

黒田は生きているのか?

佐伯はベルナール老人の依頼を受け、黒田の墓があるウストを訪れる。墓参りを終えたあと、彼から託された封筒を渡すためヴィヴ夫人を訪ねるが、彼女はベルナールを知らないと言い、黒田とも無関係だと追い返してしまう。ところがその夜、ホテルに届いた手紙で非礼をわび、翌朝墓前で会いたいと告げてくる。翌日、ヴィヴはかつて黒田の担当看護婦だったと明かす。彼は仮病を装って入院し、彼女と共に山を越えてフランスへ逃亡する計画を立てていたが、途中で追っ手に見つかり、命を落としたという。日本では事故死と伝えられたが、現地では自殺とされており、ヴィヴはそれを否定する。彼女の語る内容から、黒田は実は生きているのではないかという余韻を残す。佐伯は彼とヴィヴの娘クレールにも会い、静かに日本へ帰国する。

こんな人におすすめ

名作度
低い
高い
楽しめる
低い
高い
切ない
低い
高い
満足度
低い
高い
読み応え
低い
高い
  • 社会派テーマに惹かれる方
  • 命や倫理について、静かに考えたいとき
  • 「色褪せない名作」に出会いたい方

おわりに

手に持った文庫本『白い夏の墓標』。雪山と理科実験器具が重なった印象的なカバーが特徴。

『白い夏の墓標』というタイトルが、読了後にはまったく違う重みで心に残ります。白いということ、沈黙ということ、そして、それでも生きようとする人の姿。

書店員さんの想いと、作家のまなざしが重なって、また一つの「再発見」が生まれた。この奇跡のような巡りあわせに、読者の一人として立ち会えたことが、今はとても嬉しく思います。

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